,癌闘病と音楽の仕事(その2)
前のベットの女性はとても親近感が合ってお互いよく話しました。
主婦としての話です。
例えば,得意料理とか,家事と仕事のやりくりとか,旦那の事とかいろいろです。
ある日私は気になっていることを彼女に聞きました。
彼女のところに来るお見舞いの人たちは,男性も女性も華やかな人が多く,みんな何か大きな荷物を持っているのです。
東大病院へは子供はお見舞いに来れないので,私のところにはごくたまに旦那が来るだけです。
しかし,彼女のところには派手な人たちがグループで来るのです。
そのことを彼女に聞いてみたら,彼女はこのように答えました。
「私は楽団で働いています。オーケストラです。」
「お見舞いに来てくれている人たちは楽団の仲間で,練習後に何人かで来てくれているのです。」
「私はもう何か月の楽器を手にしていません。」
「おそらくもう楽団には戻れません。」
「楽器を演奏することを仕事としている人は1日に何時間も練習します。それが仕事ですから。」
「私は,もう以前のようには演奏できないことはわかっています。」
「しかし,生きていることだけで儲けものです。」
「あの時東大に回されなければ死んでいたのですから。」
「音楽の仕事はもう出来なくても,旦那との生活はできるのです。」
「そっちの方が私には大切なのだということが今はわかっているのです。」
「しかし,楽団の仲間たちが来てくれた時はどうしても音楽の事を思ってしまいます。」
私はびっくりしました。
東大病院の9階の4人部屋のこの部屋でベットが向かい合わせの彼女。
彼女は普通なら会うことはないであろう業界の人だったのです。
彼女は私より5日早く退院しました。
その後外来で偶然1度会いました。
それ以来会っていません。
私の携帯のアドレス帳には彼女のアドレスが書いてあります。
でも彼女に退院後連絡するのはやめようと思いました。
私たちはあの時10日間ほど密に話し合いました。
しかし,病院を出たらもうあの時間は思い出にすべきと思いました。寂しいですが・・・。
いま,彼女も元気でいることを祈ります。